シュタイナーの思想について(9)〜大災厄が人類の進化を促すことの意味について・その1

時間が空いてしまいました。前回からの続きです。前回の内容は こちら です。

シュタイナーの思想体系は複雑で膨大なものですので、体系の最初からをいちいち紐解いていたのでは、このブログの読者様にとって必ずしも興味を惹くものにならない可能性があります。

そこで、優先順位をつけて、調べていくことにします。

その優先順位とは、以下の通りです。

1.アーリマンが三千年期(西暦2000年以降)に受肉し、ルシファーとサタン(?)を使って、人類に大災厄をもたらす、ということの意味を詳しく調べること。

2.日本は地球の頂点であり、日本が、世界に起きる大災厄の雛形になり、日本で、数々の大災厄が起きる、ということの意味を詳しく調べること。

3.人類は霊的な進化の途上であり大災厄が進化を促すことになる、ということの意味を詳しく調べること。

以上をます詳しく調べようと思います。

限られた時間と能力の中でどこまでできるかわかりませんが、やってみたいと思います。何回かに分けてやっていくことになります。

前回は、人類は霊的な進化の途上である、ということについて見てきました。

今回は、第9回目、大災厄が人類の進化を促すことになる、ということの意味についてです。

大災厄はどうして起きるのかについてのおさらい

第7回で、大災厄がどうして起きるのかについて考えてみました。まず、それについてのおさらいをしてみたいと思います。おさらいしてみたい方向けに、第7回はこちらです。

第7回では、アーリマンが、3000年紀である現代に受肉し、唯物的世界を実現しようとしているということを述べました。そこでは、人間の愛のない心、唯物的思考が大災厄を生み出すとしました。

なぜ、大災厄は人類の進化について必要なのか?

大災厄は、進化のきっかけになるのでしょうか?人類の進化について、大災厄がどうして必要なのか、に関して、シュタイナーの考えが参考になるかと思います。

以下引用になります(こちら を参考にさせていただきました)。

ヒトラーのような、悪の野望を持った者の登場として、或いは、常に欲望のみを求めようとする「ルシファーのささやき」として、我々は常に、「闇に力」に引っ張られているのだ。

その結果、進化のプログラムを外れ、悪の呪縛に捕らわれてしまう人間の方が、圧倒的に多いのである。

では、それらの人間は、どう云う運命を辿るのであろうか。

例えば、「地球紀・第五週」において、地球がアストラル的存在にそぐわない物質的な部分を放出する時、先に述べた「悪人種」は、地球全体のアストラル化について行けず、この残り滓のような物質の地球に取り残されてしまう事になる。

このように、進化の過程で、それこそ何度となく善と悪の魂のふるい分けが行われていくのだ。

そして最後に、「金星紀」において、善と悪の最終的な弁別が行われていくのである。

この時、金星から分離する「ある特別の天体」は、進化に反逆するもの全てを含む、云わば「改善出来ない月」である。

進化を拒否し、物質の中に安住する事を選択した者達の行き着く果てがそこなのだ。 この段階になった人間の魂に、もはや救いはなくなってしまうのだ。

今を安穏として生きてはいけない。

アトランティス大陸の滅亡の時を思い起こして欲しい。

物質に心を奪われたアトランティス人の中で、地球的規模の災厄から生き残った者は、ほんの一握りだったではないか。

そして、多くの預言者が垣間見た未来のビジョンでも判るように、何度となくこのふるい分け=大災厄は人類を襲う。

そして、ごく僅かの人間だけが、選ばれた進化の階段を昇って行くにすぎないのである。

勿論、ある「生」に於いて、霊的進化を遂げられなかった人間にも、転生してチャンスは 与えられる。

しかし、進化は善の方向にも、悪の方向にも、螺旋的なプロセスを辿っていく。

そして次第に収束しながら、ある一点を目指して行くのである。

今生で「善人種」になれなかった人間は、来世ではますます、その道は険しく困難なものになっていくのだ。

人間の魂は不滅であり、遥かな未来において、これらの事は、人類一人ひとりが間違いなく体験する。

人類進化の霊的プログラムを知った今、この瞬間から、そのプログラムの教えの通り、人間自らの崇高さを認識し、魂の成長を思い描きながら、この一瞬一瞬を大切に生きて行く事が重要なのである。

ちょっと、教条的というか、中世のキリスト教会のような言い回しも気になりますが、大方、大災厄によって、進化の過程を前に進んでいく(善の方向に進んでいく)人間と、後ろに進んでいく(悪の方向に進んでいく)人間を篩い分けるために大災厄は使われるということをシュタイナーは述べているように思います。今は、善人も悪人もともに生きているが、それがふるいわけられる、ということでしょう。

現代において、アーリマン的、ルシファー的勢力が栄華を誇り、霊的世界を顧みない風潮が続くと、大災厄により、善人(唯物主義に毒されていない人々)と悪人(唯物主義に毒され、アーリマンの奴隷となっている人々)との間で篩い分けが起きるということでしょうか。

でも、これだと、従来のヨハネの黙示録的な世界観、終末論と大差ないですね。

そこで、シュタイナー辞典の「人間」の項を読んでみます。以下抜き書きです。

3000年後、人類の大部分がブッダの八正道を成し遂げ、個我から愛を流し出す能力を発展させる。また、将来、人間は心臓を恣意的に動かして血液を流す。咽頭は発展中の器官であり、耳は退化中の器官である。運命について思考する器官はは手であり、将来、人間は前世を記憶しているようになる。将来、人間の物質的身体は液体状・気体状の領域に上昇し、意識は神的になる(もともと人間は地球周囲に生きて、地上には鏡像をもたらして、個我意識を得るように定められていた)。6千年紀・7千年紀・5700年ごろには、女性は不妊になる。7千年紀に月が地球と結合するとき、人間は14歳までしか成長できないので、女性は妊娠しなくなるのである。

やがて、人類は善悪2種に分かれる。人類は地球で愛を最高度に発展させ、かつて神々が人間であったように、人間は木星進化期に天使の段階に立つ。人間は受け取る者から与える者へと進化するのである。

これを読むと、災厄など来なくても、また、ボーッと生きてても、そのうち、人間は天使の段階に進化する、というように読めます。

ただ、人間は善悪2種に分かれる、としているので、まだ相当先のことだと思われますが、天使になる人間とそうでない人間に別れるということでしょうか。

だとすると、先の文献中でシュタイナーが言っていた通り、人間は、自分の崇高さを認識して、魂の成長を思い描きながら、日々一瞬一瞬を大切に生きることが重要だということでしょうか。

その善悪に分かれる基準が、唯物論に毒されず、霊的世界を知的に探求し、人間の心を失わない人たちなのか、アーリマンやルシファーに誘惑されて支配されてしまう人たちなのか、というものかもしれません。

大災厄はアーリマン、ルシファー、そして、その虜になった人類が引き起こす、また、天災地変も、ソラトなどのアーリマン系の悪魔が引き起こすらしいですが、それで、どんどん人類は、善悪2種にふるいわけられていくのでしょうか。大災厄で命を落とした人は、また生まれ変わって魂の修行を続けて、最終的には天使になるということでしょうか。

私自身、どうもまだ生煮え感があり、この問題は解決できそうにありません。ルシファーやアーリマンと人類の関わりをもう少し詳しく掘り下げていかないといけないかもしれません。

大災厄が人類の進化を促すことになる、ということの意味としては、アーリマンやルシファーなどの悪魔とその虜になった人間によって引き起こされる大災厄が、レムリアやアトランティスの時代のように、人類の選別に使われ、生き残った人たちが、次の文化期を担うことになり、さらにまた人類の進化は続いていく、ということなのだろうと漠然と捉えられると思います。

シュタイナーの口ぶりだと、生き残った人たちはみんないい人たち(善人)のように受けとめることができそうですが、どうでしょうか?そんなことはないでしょう。もし、そうだというなら、キリスト教原理主義者のような思想と変わらず、シュタイナーの思想はかなり浅薄な印象を受けてしまいます。

私の理解が浅く狭いせいだと思います。ですので、この件については、もっと調査が必要です。簡単に結論を下すわけにはいきません。

そこで、申し訳ありませんが、次回以降、また、もう少し、愚考に付き合っていただけますと幸いです。

次回は、ルシファーと人類の関わりについて、人類の進化の面からさらに考えてみたいと思います。