臨死体験〜立花隆さん追悼

立花隆さんがお亡くなりなったそうです。

立花隆さんといえば、もちろん、田中角栄研究がとても有名ですが、おそらく現代的な意味で、立花さんは日本における初の調査ジャーナリストと言って差し支えないだろうと思います。

私にとっては、田中角栄研究や日本共産党の研究もとても興味深いのですが、やはり、この「臨死体験」を一番最初に挙げたいです。

立花さんは、臨死体験研究の草分けである、レイモンド・ムーディとか、エリザベス・キュブラーロスとかに直接インタビューをしたり、実際に臨死体験をした人たちにもたくさんインタビューをしたりしています。

しかしながら、立花さん自身は、「あの世」の世界というのには懐疑的でした。彼は、人間の脳が死を迎えるときに、脳内麻薬を出して多幸感を死者に味わわせるのだという説の方に説得力を感じていたようです。脳の側頭葉のある部分を刺激すると、幽体離脱したような感覚を味わうことができるとも脳科学者を取材して書いていました。どちらかというと、死によって人間は無に帰すという唯物論者に近い方だったかもしれません。

生前、レイモンド・ムーディ宅を訪れて、同氏と語ったところでは、自身も臨死体験をして、死後の世界を確信している同氏が、立花隆さんに、「死んだら私の説が正しかったことがわかるよ」と言っていたのが印象的でした。それに対して、立花さんも「そうですね」と答えてはいましたが、二人の意見は、そこでも平行線でした。

しかし、その後、がん、心臓病を乗り越えた立花さんは、「死ぬというのは夢の世界に入っていくのに近い体験だから、いい夢を見ようという気持ちで自然に人間は死んでいくことができるんじゃないか」と、語っています。心境に変化はあったのでしょうか。

立花さんの「臨死体験」の数年後、ノーベル物理学賞を受賞した、ロジャー・ペンローズという学者が、この脳の不思議に挑んだ本が出版されました。

論文自体は、1997年ごろ書かれたものですので、一般書になるまでに10年くらいかかったことになります。この本は画期的なものでした。人間の意識というのは、脳の神経細胞で生み出されているのではなく、もっと極小な組織である微細管(マイクロチューブル)で起きている、何らかの量子的現象が原因だろうとしています。つまり、この微小管で、量子もつれ、すなわち波動関数の収束が起き、それによって意識が生じているということです。

この意識は、宇宙のどんな素粒子よりも小さい物質で、時間、空間、重力の影響を受けない。人間が生きているときは、意識は、この微小管の中にとどまっているけれども、心臓が停止し脳が死を迎えるときに、微小管の中の意識は宇宙に放出される、としています。

臨死体験については以下のような考えを提案しています。すなわち、体験者が蘇生した場合は、宇宙に放出されていた意識は体験者の脳内の微小管に引き戻されるため、宇宙に放出されていた間の意識の物理変化を臨死体験として経験するのであるとしています。

また、生まれ変わりについても興味深い考えを提案しています。すなわち、死者の意識は情報として、宇宙に存在し続ける、または、新たに生まれる脳に取り込まれて、別の人間の意識情報を受け継ぐこともあり、その場合は、生まれ変わりと認識される、としています。

死者の意識情報が宇宙に存在し続けるのであれば、それにアクセスすれば情報が得られる、ということもできそうです。つまり、霊媒師とか霊能力者という人たちは、死者の意識情報にアクセスする能力を持った人たちということになります。

人間の意識が宇宙に残り続ける、という考え方は、魂は永遠である、というのとほとんど変わらないですね。

この脳の微細管の中の量子もつれが意識を生み出す、という考えは私も非常に興味を覚えます。脳が物理現象として意識を生み出すというこの仮説が証明されたら、死後の世界の科学的探求もいよいよ本格的に始められるでしょう。

昔、ある人が宇宙人から聞いたという話をここでお話しておきます。

我々の意識は、この三次元宇宙にあるのではなく、どこか別の次元の宇宙にあるのだそうです。そして、三次元にいる肉体を伴った私たちは、まるでアバターのように、別次元の私たちの意識本体と繋がっているのだそうです。

私たちの肉体が死ぬと、この繋がりが切れ、意識は、ソーダ水に浮かんでいるシロップ漬けのチェリーのようになるそうです。そして、そのチェリーは、どんどんと溶けていき、最後には、ソーダ水の中に消えてなくなるそうです。

つまり、肉体を無くした意識は、集合意識というソーダ水と同化していく、ということのようです。

「私たちは単に三次元の存在ではなく、より高次元の自分の意識も同時に存在している」、ということについては、宇宙人コンタクティの知人も、同じことを語ってくれています。

いよいよ、人間の意識、死後の世界、人間存在の多元性などが、真面目に議論される時代を迎えつつあるのでしょう。その意味で、立花隆さんの功績は大変大きなものがあると思います。

立花隆さんのご冥福をお祈り致します。