実録・連合赤軍 あさま山荘への道程

いまさら感がありますが、見てみました。

森恒夫と永田洋子率いる連合赤軍の群馬県の山中のアジトでの出来事と、それに続く浅間山荘事件へ至る過程をたどったドラマです。

観ていて、ものすごく辛い映画でした。

辛かったのは、せいぜい30ソコソコの浅い人生経験と狭い見識のリーダーの毛沢東語録のような演説を論破することもできず、ほとんど盲目的従順なメンバーたちをみることです。
人間としての欲望を解脱した末にあるはずの世界革命という大義名分が、逆に己の人間的欲望を満たすための手段に成り下がってしまっていることにリーダー自身もそのときウスウス気づいていたのだろうという描き方も切なかったです。
また、浅間山荘事件の犯人のうちの未成年の少年に最後に言わせていたセリフが実際にそのとおり言われていたかはわかりませんが、まさにそのとおりだったと思います。「僕たちには本当の勇気がなかったからこうなったんだ・・・」

60年安保闘争あたりからの学生運動の流れが、「銃による殲滅戦に最終勝利する真の革命戦士になるための闘争」に変わっていった悲劇・・・。

話は少し変わって、60年安保のときは、僕の父母は大学生だったのですが、彼らは、そういう集会とか、デモとかには全く行かなかったというのです。母は、「貧しい中を、大学に通わせてもらっているんだから、授業がそんなことで潰されてしまうことには、非常に腹が立った。友達もみんなアルバイトをしながら必死で学校に行っていたから、そんな暇なことしている人は友達内ではひとりもいなかった。」と言っていました。貧乏している中を大学まで通わせてもらうなんていうのは、当時非常な贅沢だったわけで、大学で専門教育を受けて専門職につくため(母の場合は教師)に通っていたわけですから、当たり前とえば当たり前です。

ですから、学生運動に命を燃やせる人というのは、経済的余裕があって、大学でモラトリアムを楽しめた人が多かったのではないでしょうか。政府や大企業が搾取して、貧乏な人々を困らせている、なんていう観念的なことを考える心のゆとりがあった人々が多かったのでしょう。ちょっと前に、NHKで、学生運動の特集番組をやっていて、学生運動とはなんだったのか、それは、「壮大な学園祭」だったのだ・・・。というような結論になっていました。
それで、おそらく恵まれた家庭の子供が山の中のアジトに集まって、各自「自己批判」して「総括」するのですが、その時のさまざまな根拠が全くのナンセンスともいえるほど、恐ろしく観念的で、現実ばなれしたものだったことに頭が痛くなりました。

団結していかなければならないのに、この「自己批判」と「総括」は、「銃による殲滅戦を戦い抜く、立派な革命戦士になるための各自に課せられた課題であり、試練である」として、「自己批判」と「総括」に耐え抜けぬ者は、「敗北死」するしかありません。本来は、弱い者を助けて戦わなければ団結は生まれないはずなのに、各自が自己を超越し共通の認識を持たなければ団結は生まれないとしていました。

きっと、自分が、坊ちゃん、嬢ちゃんで、自分の弱さを自覚していたのではないでしょうか。純粋なのはいいのですが、純粋と観念的とは時に同義語だったりするので困りますね。貧しい人々の苦しみは、「搾取」というような観念的な捉え方しかできなかったわけで、うちの父母のような、「アルバイトしなければ生きていけない」というような実感として貧乏を捉える事ができなかったのではないでしょうか?ホントのプロレタリアートは、そんなこと考えてる暇はねえんだよってね。そして観念的な理想ほど恐ろしいものはありません。
そんなこんなで、ちょっと連合赤軍の人たちの考え方なんかをもっと知りたかったので、さしあたり永田洋子の書いたものを読んだりしましたので、また機会があったらご紹介します。

若松孝二監督のサイトを見つけました。監督はすでにお亡くなりになっていますが、こちらもあわせてご覧ください。

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