私たちの宇宙は、無限に広がる群島にある時空の一角かもしれません。

私たちの住む宇宙は、広大な宇宙群島の中のごく小さな非定型の断片なのだろうか今世紀末には、私たちは多元宇宙に住んでいるのか、そして、多元宇宙を構成する「宇宙」はどれほどの多様性を持っているのかを問うことができるようになるはずである。

「この問いに対する答えが、私たちの住む 『バイオフレンドリー 』な宇宙をどう解釈すべきかを決めるのです」と、英国随一の宇宙学者であり天体物理学者であるマーティン・リース卿は言う。

「私たちが伝統的に『宇宙』と呼んできたもの、つまり『私たちの』ビッグバンの余波は、おそらく無限に広がる群島の中の、空間と時間のほんの一角にすぎないかもしれません」と、英国随一の宇宙物理学者であるリーズ氏は、Nautil.usで続けている。ビッグバンというのは1回だけでなく、何回もあったかもしれない。

しかし、宇宙が十分に広がっていれば、あらゆることが起こりうる。私たちの地平線のはるか彼方に、地球の複製が存在する可能性さえあるのだ。

そのためには、空間が非常に大きく、単に100万桁の数字ではなく、1の後に100個の0が続く、10の100乗桁の数字で表現される必要がある。100の10乗をグーゴルと呼び、グーゴル分のゼロを持つ数をグーゴルプレックスと呼ぶ。

フェルミ国立加速器研究所の理論天体物理学グループ長である宇宙学者のダン・フーパーは、『At the Edge of Time』の中で、「もし宇宙が本当に無限だとしたら、その意味はとてつもなく大きい」と述べている。

無限に広がる宇宙空間には、無限の銀河、星、惑星が存在し、さらには無限の知的生命体や意識体が散らばっているはずである。

それが、無限というものだ。無限は、他の方法ではとてもあり得ないことを、すべて必然にしてしまうのである。

多元宇宙がもたらす不気味な暗示
私たちが見ている宇宙は、もっと大きな多元宇宙のほんの一片に過ぎない。多元宇宙論は、私たちがこれまでずっと「宇宙」と呼んできたものは、実はそれ以外の何ものでもないというものだ。

むしろ、それははるかに大きく精巧なシステム、すなわち「宇宙」のアンサンブル、またはポール・デイヴィスが『ゴルディロックスの謎:なぜ宇宙は生命にとってちょうどいいのか』で述べているように、異なる宇宙領域の無限小の断片に過ぎないのである。

バークレー校理論物理学センター長の野村泰典氏は、別の宇宙が存在する証拠を掴む可能性について質問され、The Daily Galaxy紙に電子メールで次のように答えている。「この多くの宇宙という絵-多元宇宙-は無作為の考えではなく、超ひも理論などの基礎物理学の理論によって示唆される特定のシナリオです。」

「そのため、別の宇宙へ行かなくても、このシナリオの予測を検証することができるのです。例えば、私たちの宇宙が別の宇宙と衝突し、その痕跡が宇宙マイクロ波背景放射の特徴的なパターンとして、原理的に空に見えるかもしれません。」

さらに、野村教授はメールで、「この多くの宇宙が存在するというシナリオによれば、我々の宇宙は『負に曲がった』、つまりある種の幾何学的な性質を持たなければなりません」と説明している。この理論では、その曲率がどの程度であるかは予測できないが、この予測は将来の観測で確認されるかもしれない。

さらに重要なことは、もし将来の観測で、この宇宙の曲率が負ではなく正であることがわかったら、多くの物理学者が現在話している多元宇宙論は、観測的に除外されることだろう。

野村氏に、隣接する宇宙が異なる物理法則のもとで動作する可能性はあるかと尋ねると、彼はこう答えた。「現在わかっているところでは、他の宇宙は我々の宇宙とは全く異なる性質を持っていると思われます。

例えば、素粒子の性質や、素粒子の振る舞いを支配する法則が異なる形をしているのです。また、時空の次元数さえも異なる宇宙が存在する可能性があります。私たちの世界に 『隣接する 』宇宙は、私たちの世界とは全く異なる姿をしていると考えて間違いないでしょう。

しかし、多元宇宙を支配する物理法則が存在しないわけではありません。例えば、すべての宇宙は量子力学の原則に従うと考えられています。しかし、このことは、多元宇宙を支配する物理法則が存在しないことを意味するものではありません。素粒子の性質、つまり電子や光子などの存在もそのひとつです。」

我々の観測限界をはるかに超えた空間のいくつかのポケットでは、 ダン・フーパーは、永遠のインフレーションとインフレーション多元宇宙論に言及して、The Daily Galaxyにメールでこう書いた。

「物理法則は、我々のローカルな宇宙で見られる法則とは全く異なっている可能性があるのです。異なる力を経験する、異なる形態の物質が存在する可能性があります。この意味で、我々が「物理法則」と呼ぶものは、普遍的な自然界の事実ではなく、場所によって、あるいは時間によって変化する環境的な事実である可能性があります。」

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