新しい経済システムと日本の未来(4)

前回は、通貨がどのようなものか、アベノミクスの失敗はどこにあるのか、についてみてきました。今回は、将来、どんな経済システムになっていったら良いのか、1つの具体例として、MMTと言う最近の経済理論をベースに考えてみます。

学術論文ではないので、わかりやすさを重視していきたいと思います。

ちょっと長くなってしまいますが、どうぞご覧ください。

1.MMTとは何か?

2.私が気になること

3.まとめ

まずは、この動画をご覧ください。

1.MMTとは何か?

去年ぐらいから、MMT(現代貨幣理論)という理論が注目を浴びています。

今までの、ケインズ流の財政政策では「国債」を発行して、公共事業などの資金を捻出し、失業者を救済することで、景気をよくしていこうという考えでした。

しかし、国債を発行して資金を調達するので、政府の赤字がかさんでいき、財政破綻してしまう、という欠点があると言われています。

この点、いくら赤字国債を発行しても財政破綻はしない、と言うのがMMT(現代貨幣理論)です。

さて、本当にMMTは正しいのでしょうか?

この点、わかりやすくするために、論点を以下の3つに絞って検討していきたいと思います。

すなわち、MMTの理論では、

1.財政赤字が、いくらすすんでも、本当に財政破綻しないのか?

2.国債発行によって、通貨が増えてインフレは起きないのか?

3.本当に景気が良くなるのか?

を見ていきたいと思います。

1.本当に財政破綻しないのか?

まず、MMTでは、日本やアメリカのような政府が国債をいくら発行しても、それが国内で消化される限りにおいては、財政破綻する可能性はゼロである、という考えを前提としています。

財政破綻しないと言う点は財務省のホームページにも同様のことが書かれています。

ケルトン教授をはじめとして、MMTの論者の方々は、日本の異次元量的緩和がMMTの正しさを証明している、と言っています。

MMT論者は、政府は、財政破綻を気にすることなく、いくらでも財政支出を増やしていけると言っているのです。

一般に、財政赤字が増えると金利が上がるのが通常ですが、日本の財政赤字は50年前の120倍以上になっているのに、金利は下がっています。

なぜかと言うと、日本銀行が金利を下げたからです。日本銀行は、金利を自由に設定できると言うことになります。現に、黒田総裁の日銀では、「イールドカーブ・コントロール」という金利の操作を行っています。

金利が上昇する局面というのは、政府の発行する国債の買い手がなく、発行しても売れ残ってしまう時です。その時は、国債の金利は上昇し、それにつれて、市中銀行の金利も上昇します。

しかし、現在、日本国債は、むしろ需要の方が大きくて、国債はマイナスの金利がついていることが多く、国債の供給が枯渇するのではないかとヒヤヒヤしているらしいので、売れ残りの心配はないそうです。

しかも、現在のゼロ金利、マイナス金利の政策では、日銀がなんとしてでも金利を上昇させないでしょう。

実は、アメリカも日本も、今まで借りた分の金利つきの国債を、金利ゼロの国債に借り替えようと考えているそうです。国債の金利をゼロにするということは、金利が急上昇して国債の返済費が大きく膨らみ、政府が返せなくなって、破産(デフォルト)してしまうことを防ぎます。

現在マイナスの金利の国債でさえ、需要があるのですから、ゼロ金利の国債にしても全く問題ないですよね。

Federal Reserve Bank, NY

これが続く限り、政府は、国債を発行し続け、金利が上昇することなく、返済を続けられることになり、返済できなくなり財政破綻することは考えられない、ということになります。

というわけで、少なくとも、当分の間は、日本国債の金利が上昇して政府が財政破綻する、という心配はなさそうです。

2.ハイパーインフレは起きないのか?

1913年、第1次世界大戦前のドイツの為替レートは、1ドル=4.2マルクだったのに、1923年、大戦後の為替レートは1ドル=4兆2000億マルクになってしまいました。

つまり、ドイツの通貨の価値は、戦前の1兆分の1になってしまったのです。

近年のハイパーインフレの例は、ベネズエラやジンバブエです。

例えばベネズエラでは、2020年のインフレ率は、約7000%!つまり、ベネズエラの通貨の価値は、インフレ前の7000分の1になってしまったのです。

どうしてこんなことになってしまったのか、というと、マドゥロ大統領の石油産業の国有化後の失敗やポピュリズム政策のせいだと言われています。

Business News: Venezuela struggles, Tame Triple-Digit Inflation

ベネズエラは世界有数の油田を持っている産油国ですが、マドゥロ政権は、前任のチャベス大統領の政策を引継ぎ、油田を国有化し、石油メジャーの技師たちを追い出して、ズブの素人が石油の採掘を始めたそうです。

その結果、高価な採掘機器をぶっ壊し、石油生産を低下させ、おまけに国際的な石油価格の下落で、石油の輸出額が落ち込みました。

JETRO アジア経済研究所HPより

そして、石油製品を中心に国内生産が落ち込み、対外債務の支払いや為替レートの下落によって、外貨不足が深刻化して輸入が落ち込み、食料や医薬品を中心としてモノの不足が生じました。

それなのに、チャベス政権以来続いてきたポピュリズム政策によって生じた財政赤字の穴埋めを、大量の通貨増発によって乗り切ろうとしました。これは、戦前のドイツなどと同じ手法です。

MMTを批判する人たちは、この点を指摘して、日本が仮に財政支出を増やし続けて、戦前のドイツや、現代のベネズエラ、ジンバブエみたいになってしまったらどうするんだ!というのです。

このような、政府が国債を発行し続け、金融緩和を続けていけば、ハイパーインフレが起きるという主張に対して、ケルトン教授は、日本の量的緩和政策が、ハイパーインフレは起きないことを実証している、と言っています。

前回、日本は借りる人がいないので、世の中におカネ(預金通貨)が増えていないと私は言いました。

この点をさして、リフレ派(アベノミクスに賛成する人たち)は、いくら金利を下げても借りる人がいなければ、お札をどんなに刷っても、世の中におカネは増えないんだから無駄だ、と言い始めています。

確かに、世の中のおカネを増やすには、民間部門の信用創造に頼っているところはあります。つまり、人々がお金を借りることによって銀行の預金口座の間をお金が渡り歩き、預金通貨が増えていくからです。これによって、民間にお金が回っていくのです。

ですから、少なくとも、マネタリーベース(世の中に出回っているおカネの量+日銀の金庫に入っているおカネの量)を増やせばインフレになる、というのは日本については間違っていたのです、とケルトン教授は言っています。

アベノミクスの異次元金融緩和で、日本銀行から民間銀行の金庫までおカネが大量に流れ込んだのに、世の中の人々がおカネを借りないので、民間におカネが流れないのです。

どうして借りないのかというと、企業も個人も、日本は自分の将来に自信がないのだと、ケルトン教授は言っています。

確かに、所得や賃金が増える見込みがなければ人々はおカネを借りません。日本人は、自分たちの所得が増える自信がないのです、とケルトン教授は言います。

一方、小幡績氏とか、宮台真司氏とかは、100匹目のカラスが黒いとは限らないと言っています。つまり、今まで、インフレにならなかったとは言っても、これからインフレにならないとは限らない、と言っているのです。

しかし、これは、経済理論上の反論になっていません。

一般的に、MMTを認める学者たちは、インフレになったらどうするんだという批判に対しては、インフレになりそうならば、政府は、増税をすれば良いと言っています。

マクロ経済的には、インフレは、世の中にお金が出回りすぎて余っていることから起きるので、世の中からお金を回収して、お金の流通を少なくすれば良い、ということになります。

したがって、MMTによる財政金融政策によって、ハイパーインフレになる前に、増税をして通貨の流通量を調節すれば、ハイパーインフレを抑えることは可能であるという結論になります。

しかし、この増税という手段は、国民には抵抗があるでしょう。この点をもう少し考えてみましょう。

私見ですが、政府が国民にお金を配ることで、増税の抵抗を和らげることができると考えます。

増税すると可処分所得が減るので人々には抵抗があるのです。

これは、MMTとは別の議論ですが、年間を通じて、ひと月に10万円ずつ全国民に配ると、12兆円×12ヶ月=144兆円かかります。

しかし、ベーシックインカムとして、国民一人当たり10万円ずつ配れば、夫婦2人、子供2人の世帯だと、月40万円もらえることになります。

生活に最低限必要なものを買うためのおカネを政府が支給すれば、それだけで、人々が使うおカネが増えます。

そして、キャッシュレスがもっと進むと銀行預金間のおカネの移動も活発になります。

Transport for London

また、現在の給料+ベーシックインカムで、人々の収入は確実に増えますから、一定の資産効果も期待できます。すなわち、給料日には、美味しいものを食べたり、洋服やアクセサリーなどを買いたくなるでしょう?人々は、ある程度おカネを持っていると、安心感から、おカネを使いたくなるのです。これによっても、世の中のおカネは増えることになります。

そして、インフレ対策としては、累進課税をもっと精巧にして、高額所得者に対して、より多く増税したり、財産税を増税したりすれば、一般庶民には、抵抗がないかもしれません。

これは、財政の機能の一つの所得の再分配という観点からも、正しいと言えるでしょう。

3.本当に景気は良くなるのか?

この点、小幡氏は、インフレの起きない日本のような国で、MMTをすれば、無駄遣いが続き、財政赤字が膨らんで、財政を傷めると言っています。「傷める」とは、財政赤字が膨らむ、ということでしょう。

しかし、そもそも、それは、国民の借金ではないのであって、国民の財産であるとMMTでは、考えています。

また、日本でインフレが起きないということは、まだまだ社会の中でおカネが回っていない、行き渡っていない、ということではないでしょうか?

「無駄遣い」というのは、おカネを必要でないものに使うことを言います。おカネが生活するのに足りない人、つまり「絶対的貧困状態」にある人は、日本の世の中にも、まだまだいっぱい居て、住むところのない人や、十分な医療を受けられない人や、明日のご飯にさえ困る母子家庭世帯、独居老人がたくさんいることを、わかっていないのではないでしょうか?

また、それほどでもなくても、日本の「相対的貧困率」は、G7の中で、アメリカに次いで高く、日本人の約6人に1人が「相対的貧困」状態です。こういう人たちを救うのに政府がおカネを配るのは、果たして、「無駄遣い」でしょうか?

つまらない公益法人とかを増やして、官僚の天下り先を作り続ける方がよっぽど無駄遣いではないでしょうか?

また、小幡氏は、クラウディングアウトが起こることを前提にして、財政支出には効率性が必要であって、MMTは、現在の非効率な投資を許す結果、将来の効率的な投資の機会を奪う、つまり、民間の将来の儲かる投資におカネが回らなくなる、と批判しています。

ここで、彼の「効率性」とは、「どれだけ儲かるか」ということだと思うのですが、財政の機能の一つはそもそも、市場原理では効率性がないため供給されない分野に資源を適性配分することにあるのではないでしょうか?

その点では、少なくとも政府は、儲かる必要はないのではないでしょうか?

つまり、効率的である必要はないし、また、公共財のような分野への投資は、そもそも効率性を無視してもなされなければならないですよね。

例えば、津波の防止のための防潮堤は、儲かるから作るのではなく、人々の生命や安全を守り、それがひいては、人々の経済活動を守ることになるからではないでしょうか。

Boat on Car in Field of Water Ishinomaki Higashi Matsushima Yamoto Japan Earthquake Tsunami Miyagi 2011

要するに、人々の福祉のために政府はあるのですから、その実現を図ることはそもそも無駄遣いではないはずです。

また、いくら国債を発行しても、政府が民間への投資を押しのけて、民間の人や企業が借りるお金がなくなってしまうという、クラウディングアウトは起きないとMMTでは主張されています。

これが本当なら財政赤字というのは、民間部門からすると黒字になっていると解釈できます。

少なくとも、日本においては、国債発行によって、財政赤字が増えても金利は上がらないし、公共事業などで民間に還元され民間の「貯蓄」が増えるからです。これには社内留保なども含まれます。

もし効率的な(投資に対して儲けが大きい)投資ができないとすれば、それは、投資する資金がないのではなく、投資家、経営者が無能だからです。

現在、日本の民間の社内留保は過去最大だと言われていますが、有能な投資家、経営者ならば、社内留保を投資にまわし、さらに利潤獲得を図るはずです。

しかし、投資が進まない。バブルの頃のように、無謀な投資をして不良債権を大量に生み、会社を潰したくない、つまり、ケルトン教授の言うように、日本の投資家、経営者は、自らの投資判断、経営判断に自信がないのでしょう。

さらに、デフレ脱却、経済成長は、財政・金融政策では実現できない、構造改革によるべきである、と小幡氏は主張しています。

しかし、財政・金融政策を抜本的に変えることも、構造改革であるし、財政・金融政策の見直しが、全ての構造改革になると思います。

こちらから引用させていただきました

また、1990年代初頭のバブル崩壊後、日本は構造改革とか叫んでいた割には、ほとんど経済成長していません。

これに比べてアメリカ、EUは、名目GDPが1990年と比べるとほぼ3.5倍になって大きく経済成長しています。欧米先進国は経済成長して財政規模が大きくなっているのです。そして、それでも、ハイパーインフレは起きていないですよね。

これはどういうわけなのでしょうか?

ケルトン教授によれば、日本は財政赤字を抑えるため、緊縮財政をしているから、つまり、政府の十分な財政支出がないため経済成長していないのだそうです。

財務省は、赤字国債を発行しても、財政破綻しないことを認めておきながら、「財政健全化」という呪縛に縛られて、緊縮財政、消費税増税、と、世の中におカネが増えない政策をやってきています。

ケルトン教授は、予算の均衡よりも経済の均衡、つまり、需要と供給の均衡が大切であり、MMTにより、大幅な財政支出・金融緩和を実現すれば、投資も増え、景気が良くなり、賃金も上昇し、税収も増え、予算も均衡するというのです。また、MMTは、生産能力を向上させるので、長期的な潜在生産力が高まるとケルトン教授は言っています。

また、MMTは政治的には中立的で、右翼も左翼も関係ありません。ただ、弱者を救済するリソースを多くすることが財政の役割であるとケルトン教授は言っていますので、福祉主義とは親和性があると思います。

MMTを実行しても、少なくとも今のところは、ハイパーインフレにはならないし、民主主義も犠牲にはなりません。

従来のケインズ政策は、失業者の犠牲でインフレを管理しているのですが、しかし、これは失業者には残酷ですよね。

失業者の増減でインフレや景気を管理するのではなく、MMTで財政支出をし、完全雇用を下支えすることによって景気回復にもなります。これを世界中の財政政策に適用すれば経済難民も減る、とケルトン教授は言っています。

それでも、ノーベル賞受賞者のようなクルーグマンたちが批判しているのはなぜかというと、彼らはMMTが理論的に正しいことをわかっており、この理論に脅威を感じているからだとケルトン教授は言っています。

2.私が気になること

このように、薔薇色の未来を提供してくれそうなMMTですが、気になることがいくつかあります。それを次に書いておきたいと思います。

1.日本国債の海外保有率が上がってきている点

2.インフレ抑止のための増税のタイミングをどうやって見定めるか

1.日本国債の海外保有率が上がってきている点

2019年現在、日本国債の海外保有率は、12.8%で2016年の10.1%からジワリと上昇している点です。

MMTの条件として、国債が国内消化される限りにおいて、いくら国債を発行しても財政破綻はしない、ということと整合性があるのか気になります。アメリカやヨーロッパと比べれば、海外保有率は遥かに低いですが、大丈夫なのか気になります。

海外保有分の国債の空売りが仕掛けられて、それにパニックになるように国内保有者(多くは機関投資家)が、売りに転じることはないのでしょうか?そうなった時に、どうやって金利の管理をするのでしょうか。公開市場操作で間に合うのでしょうか?

2.インフレ抑止のための増税のタイミングをどうやって見定めるか

ハイパーインフレを抑止するための増税のタイミングはどうやって見定めるのか、タイミングを失すると、経済に大ダメージが生じるような気がするんです。

将来、量子コンピュータとかが開発されて、世界経済の動向をビッグデータなどから予測し、そのタイミングを失しないように人間に知らせることができるようになるのでしょうか?最適解をコンピュータによって得るようになるのでしょうか?

現在、株の取引にもコンピュータが使われていますよね、そうなると、経済をはじめとした人の活動も全てモニターされ、把握されることになるのでしょうか?

それは、また、新たな世界、少し怖い世界の誕生を意味するのでしょうか?

3.まとめ

以上、非常に長く、駄文を書いてしまいました。考え考え書いたので、文章が論理的な展開になっていないかもしれません。ごめんなさい。そして、ここまでお付き合いくださいましてどうもありがとうございます。

大恐慌後の「ニューディール政策」も当初は、あまりに非常識でかなり非難されましたし、合衆国連邦最高裁判所で、違憲判決が出たこともあります。

結論として、MMTも、将来有望な経済システムの一つと言えると思いますが、多くの人には受け入れ難く、まだまだ理論としては不完全のような気がします。

MMTは、国民にお金を与えるベーシックインカムと、直接リンクはしていません。しかし、やはり、MMTとベーシックインカムはセットであると考えます。

そうすると、税や労働の概念そのものに変革をもたらすものになるでしょう。

また、現在、通貨の発行権は中央銀行にあり、政府からの独立性が確保されていますが、通貨発行権を政府に持たせ、中央銀行と政府は一体のものとなる必要はあるでしょう。

現在、日本では、財政法第5条によって、「国債を日銀が政府から直接買うこと」ができません。これは、政府が無制限に国債を発行して、財政を破壊した戦前の反省に基づいている、と説明されます。

財政そのものについての通念も大きく変化することになりますね。

それから、このMMTとベーシックインカムのシステムは、日本一国だけで実現できるものではないと思います。全世界的に一斉にこの仕組みにしていく必要があると思います。

あなたは、どう思いますか?

下の参考図書は、とてもわかりやすくMMTが理解できる良書です。