パンデミックをソリューショニズムで乗り切るのは大間違いです!という話

経済性というのがあらゆる人間活動の領域に浸透してきていて、とにかく無駄を省いて、時間や労力、お金の節約になることが最高の価値だと、最近みんな思っていますよね。

私が、この経済性の浸透を初めて知ったのは、「思考経済」という言葉に出会った頃、もう何十年も前のことになります。

「下手な考え休むに似たり」で、確かに、下手な考えをしないで済むなら、時間や労力、お金の無駄が省けていいですよね。例えば、「オッカムの剃刀」というのは、この「思考経済」を重視したものです。オッカムは14世紀の人ですから、それだけを考えると、この考え方は14世紀にはすでにあったことになります。

この「思考経済」をITと結びつけると、「現代社会の諸課題をIT で解決できる、解決しよう」という方向性になります。

この風潮は、ネット社会では、今や隅々にまで浸透しているようにと思えます。

IT 企業は、この「課題解決をITで」をまさにお仕事にしていて、私もその恩恵を受けているわけなので、これを批判するのは恩知らずなのです。でも、そこはちょっと脇に置いておいて、この問題解決主義(ソリューショニズム)について疑問を提したいと思います。

疑問を呈しているのは、エフゲニー・モロゾフという人です。以下彼の考えに沿って、疑問について考えてみたいと思います。

ソリューショニズムには、二つの行き方があると彼は言います。そしてこの二つはひとつに収斂してしまうかもしれません。

一つ目は、IT技術の全てを使って人々を管理しようとする高度管理社会です。インターネット、AI、監視カメラ、情報の集中と集積によって、人々の行動を監視し、違反者には懲罰を与えることによって、行動管理しようとする究極の問題解決主義です。中国の栄成市でとられているようなシステムですね。

そして二つ目は、現在のIT企業が日夜行っている、対象者に対するある種の行動の誘導と、その誘導を促すためのアプリ開発だそうです。

現在のIT企業は、強制的な仕方でなく、それとなく誘導することで、人々にある行動を促しています。例えば、ネット広告の企業場合では、ヴューワーの嗜好や選択を分析し、個人レベルで最適な広告を見せて、閲覧している商品を買わせるように仕向けています。ネットショッピングやサブスクのためのアプリも開発され、購買や利用という行動を促しています。

ケインズ政策、福祉国家化、行政国家化現象によって、慢性的な財政赤字に苦しんだ先進自由主義国は、民営化や行政のスリム化、福祉政策の見直しなどを進める新自由主義を採用しました。日本も例外ではありません。病院が営利事業として行われ、緊縮財政の下、行政サービスは大幅に低下しました。

しかし、この新型コロナのパンデミックで、政府は、困窮する国民にいかにも同情や共感を持っているように振る舞いながらも、実は、現実的な支援や、抜本的解決に乗り出すどころか、自己の誤謬を認めず、自己正当化と自己欺瞞を繰り返しています。これは日本の政府だけではなく、世界の先進自由主義国の政府では似たり寄ったりです。

このような状況下で、適切なタイミングで正しい情報を知らせれば、人々の行動を変え、公共の利益を損なわずにすむと、政府は考えました。そして、政府は明示的な強制を含まない方法で、国民の行動を一定方向に誘導することを模索しています。そのためにどんなITテクノロジーを活用すべきか、どんなアプリを開発すればよいか考えるようになります。先進民主主義国家においては、市民に対する強制、強権的手段による問題解決ではなく、なるべくインフラ設備にお金をかけず、市民を、それとなく一定方向に誘導して、自分達の政策を実現させようとします。

例えば、都市の交通インフラがボロボロになっていても、それを改修したり、リニューアルするにはお金がたくさんかかります。そこで、ビッグデータを使って人流を把握して、ピーク時に人流を人々に減らすようなパーソナライズされたインセンティブを与えて、問題を解決させるのです。実際にシカゴの交通当局者で、そういう政策を実施した人がいるそうです。

また、個人にインセンティブを与えるような政策にはスマホのアプリが必要です。そういうアプリの開発に要する費用は、インフラ整備に比べればはるかに安価です。こうして、政府もソリューショニズムに傾注していくようになるわけです。

菅内閣の「自助・共助・公助」と「デジタル庁創設」は、まさにこの新自由主義とソリューショニズムの世界的潮流の流れの中にあった、というわけです。

エフゲニー・モロゾフ氏は、元々は、デジタルテクノロジーというのは、新自由主義の敵だったと言っています。

それは、デジタルテクノロジーが、生産性を飛躍的に向上させ、誰もが、一定水準以上の生活を享受し、平等に医療や教育を受けられ、富を分かち合い、誰も独り占めしないような未来を描いていたからだそうです。

つまり、新自由主義というのは、格差社会、完全自由競争を招来するものであり、ちょっと前は小泉内閣、そして安倍・菅内閣へと受け継がれた富裕層優遇、弱者切り捨ての政策であって、デジタルテクノロジーの描く未来と矛盾していたからです。

そこで登場してきたのが、ソリューショニズムだそうです。新自由主義は、そもそも問題が起きないようにその芽をあらかじめ摘んでしまうやり方なのに対して、ソリューショニズムは、問題が起きてから、その解決策を考えるという行き方です。

新自由主義は、これにとってかわるような政治的な考え方が出てくる前に、それを芽のうちに摘んでしまうやり方なのに対し、ソリューショニズムは、新自由主義に変わる政治的な選択肢が現れたら、徹底的にその力を削ぎ、無効化させ、廃棄処分にすることだそうです。新自由主義は、「公共」に対する予算を減らすものですが、ソリューショニズムは、「公共」についての想像力を失わせる、とモロゾフ氏は言っています。

先進民主主義国で、例えば、菅首相が言っていた「自助・共助・公助」に基づく政策が実行され、「公共」、つまり「公助」には極力予算をまわさないで、デジタルテクノロジーをもとにしたソリューショニズムが活用されると、現在の自由市場主義のもと格差社会は是正されず、むしろそれを助長・固定化する方向に社会が向かってしまいます。

その思想の核心には、自由競争市場を聖域化し、自由競争市場だけは誰の手も触れさせず、その聖域を守るためなら、他のあらゆる社会的な制度をぶち壊しても構わない、という考えがあります。

本来なら、公共的観点から、自由競争市場、格差社会の是正そのものについて改革のメスを入れるべきなのに、そこは聖域化されて決して手はつけられません。

根本的な原因は、自由競争市場、格差社会の固定化なのに、デジタルテクノロジーを基礎に、弱者救済の給付金などを含むインフラ投資は極力抑えられ、ビッグデータの活用、アプリの開発、それによってパーソナライズされた情報を個々人のスマホに流すことによって行動変容を起こさせ、小手先的表面的な問題解決を図る、このような傾向を助長させてしまう恐れがあります。

そして、その問題解決のためなら、改革という名の下に、どのような制度もどんどんとぶち壊してしまう点もとても危険だと思います。

また人々も、政治的で抽象的な問題についての議論よりも、いつ外出すれば安全なのか、を教えてくれるアプリの方を重視し、そういう情報を信頼するようになります。これは、大変洗練された洗脳であり、ビッグ・ブラザーの出現を人々自身が待ち望むようになるのでしょう。ジョージ・オーウェルの「1984」の世界よりも遥かに洗練され、遥かに巧妙な高度管理社会の登場を来たすことになるのではないでしょうか。

人々自身が自ら望んで、招来させた高度管理社会だという点がとても恐ろしいと思います。

そして、社会的強者が社会的弱者を抑圧し続ける社会、貧富の格差が拡大する社会、気候変動などの、さまざまな人類共通の問題について、弱者の犠牲の上に変革を進めていく社会、依然として、自由競争のもと、GAMFAのような世界的大資本が市場を独占し続ける社会、こういう社会を正当化し、根本的問題に触れさせないように人々を誘導していくために、ソリューショニズムは使われ続ける、ということです。

このようにしていく以上、新自由主義を掲げる政党、政治家は、富裕層や社会的強者の支持を受けて、未来永劫、絶対安泰であり、ビッグ・ブラザーの側に立って、人々を支配し続けることができる、というわけです。

そうなるともはや、民主主義は、形の上では存続していたとしても、洗脳された大衆によるただの茶番でしかなく、ソリューショニズムに飲み込まれて、実際は窒息死していくしかないでしょう。

モロゾフ氏は、民主主義的議論がしっかりとできる「公共」をデジタルテクノロジーで作り上げなければならないと言っています。今までうまくいかなかったのは、新自由主義が、それを潰してきたからであり、ソリューショニズムが、その必要性を無効化してきたからだと言っています。

パンデミックを、しっかりした公共の議論もせずに、ソリューショニズムで、格差社会の弊害、医療の営利主義の弊害を隠蔽、糊塗して、乗り切ってしまうようなことがあれば、この弊害は永遠に続いてしまうと思います。

パンデミックをソリューショニズムで乗り切るのは大間違いだということの意味は、以上のようなことでした。

↑この本の中で、エフゲニー・モロゾフさんが述べていることを今回若干敷衍して書きました。

↑この本の中で、高度管理社会の危険性を述べているそうです。

↑この本の中では、今回のソリューショニズムについて問題提起しているそうです。

上の2冊はKindleで300円未満なので、先ほど買いました。読んでみて、何かわかったら、また記事にしてみます。